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「香り松茸、味しめじ」などといわれ、松茸は香り・味、共にキノコの王者といっても過言ではありません。
昔から日本人は、秋の味覚として松茸を愛してきました。
弥生時代の遺跡からは松茸を模した土偶が発見され、「日本書記」には、松茸らしきキノコが天皇に献上されているという記録が残っています。
しかし国内で取れる量は年々減り、日本での高値を求めて外国産が増えます。おかげで松茸は市場に並びますが、京都丹波産などのブランドの高級化は凄まじいです。
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界: 菌界 Fungi
門: 担子菌門 Basidiomycota
綱: 菌じん綱 Hymenomycetes
目: ハラタケ目 Agaricales
科: キシメジ科 Tricholomataceae
属: キシメジ属 Tricholoma
種: マツタケ matsutake
学名 Tricholoma matsutake
和名 マツタケ
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● マツタケは昔から高価な食材でした |
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記録では、鳥羽天皇が元永元年(1118)九月二十四日宇治の平等院行幸の時に松茸汁を召し上ったという話があります。
また室町時代には松茸の初物を天皇に献上したり、上流社会では贈呈用の品として使われていました。
その後も鎌倉から南北朝時代かけても、宮中や殿中のお土産に篭入りの松茸が出たそうです。
江戸時代になっても松茸は依然高嶺の花で「下呂の口にはかなわず」と言われ、庶民の口にはなかなか入らなかったらしいです。
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● 太田の松茸道中 |
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江戸時代には、江戸の将軍に献上する御茶壷道中がありましたが、松茸も献上の道中をしました。
群馬県太田市の金山(かなやま)は、赤松の植生が卓越する松茸の産地としても知られ、寛永6年(1629)、館林藩主榊原忠次がときの将軍・徳川家光に最初に松茸を献上したそうです。
その後、松茸は藩の貴重な財産として山ごと厳重に管理され、毎年行列を仕立てて、秋の彼岸から10月にかけて、一年も休むことなく献上され続けました。
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今年は、10月2日(日)にありました。
一般の方も参加されました。
(太田市HPより転載させて頂きました。)
http://www.city.ota.gunma.jp/index.html |
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厳しい選別作業を経て竹籠に詰められた松茸は、行列を組んで午前9時に太田を出発しました。
この「松茸道中」は、老中の証文の写しを添えて大名行列と同等の格式で、昼夜兼行の宿継ぎで、翌朝5時には江戸城御台所(直線距離で約76キロ)に到着しました。
当時これほど急いだのは松茸の鮮度、特に香りを落とさないようにするためと言われ、また松茸は一番多い年で2892本も献上されたそうです。
江戸幕府が瓦解した後も「松茸道中」は、明治以降は皇室への献上に引き継がれ、昭和30年まで続けられたそうです。 残念ながら現在、金山で松茸はほとんど採れませ
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んが、
「献上松茸」は歴史遺産のひとつとして太田松茸道中という行事になって今に伝えられています。
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● 国内産と輸入物 |

中央市場に集まった様々な国のマツタケ |
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現在のところ、マツタケは栽培することができず、自然に生えているものを秋に収穫するしかありません。
昔は国内でも多く取れましたが、
@マツクイムシにより松林が被害にあったこと、
A乱獲と山林の開発、
B松の葉を燃料として利用しなくなったことで腐葉 土が増えたりしてシロができなくなったこと
などにより収穫量が少なくなりました。
逆にその希少価値のため松茸が高価で取引されるので、最近では韓国や北朝鮮、チベットからの輸入
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物が多く輸入されます。輸入物は、日本産に比べると風味が落ちますが、これは多分に輸送中の時間の経過によって起きる事で、新鮮であれば輸入物でもある程度、変わりはありません。
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● 様々な国のマツタケ |
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● マツタケの香り |
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日本では香りが良いとされ、「土瓶蒸し」や「松茸ご飯」など香りを生かして食べることが多いですが、
逆に欧米では香りが良くないとしてあまり好まれません。
この香りの主成分はマツタケオールと桂皮酸メチルですが、特にマツタケ特有の香りを生んでいるのは桂皮酸メチルです。
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● マツタケの育ち難さの訳 |

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マツタケはマツ属 Pinus などの樹木の根と、外生菌根と呼ばれる器官を形成して共生しています。
マツタケは共生している樹木から同化産物を供給されて生きていると考えられているが、樹木の側にどのような利点があるのか(あるいは、ないのか)は現在もよく分かっていません。
マツタケの本体である土壌中の菌糸体が充分に発達していると、その場所の土壌が白くなり、このよう
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な菌糸体と土壌との混合物をマツタケの「シロ」と呼びます。
マツタケはシロの地表から発生し、シロが充分に発達していなければマツタケが発生しないとされていますが、シロは細菌に弱いため、やせた土にしか育ちません。
腐葉土などが増えて栄養が豊かになり、通気性が損なわれ、細菌類などが元気に繁殖するとシロが生えにくくマツタケも育ちません。
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● マツタケ採り |
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マツタケを採るのは至難の業です。
通常のキノコのように地表に顔を出て傘が開ききってしまうと、マツタケは香りも味も極端に落ちます。
このため、地表からわずか1〜2cm程度に顔を出したところを見極め、根本から押し上げるようにして採取しなければなりません。
一般人がやみくもに探して見つからないのは当然で、シロの場所を熟知して経験を積んだ山に詳しい名人が、体のツボを見つけて針を刺すように探すのです。多分。
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● マツタケの選び方 |

市場の店舗 朝7時です。
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@ 軸が白く太い。
A 軸が肉厚でしっかりしている。
B 軸に湿り気がある。
C かさが開ききっていない。4〜5分開きが丁度良 い。
D 香りが高い
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● 人工マツタケへの道 |
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マツタケ用培地などの人工基質上でもマツタケの菌糸体を培養することは可能になりましたが現在のところ、マツタケのキノコを人工基質上で発生させることはできていません。
マツタケは非常に成長の遅い菌でもあり、エノキタケやブナシメジなどで行われているような、ビン栽培などの完全な人工栽培を行うには未だ課題が多いそうです。
森林の整備やマツタケ胞子の散布などでシロを発達させ、マツタケの増産を目指すことも行われており、こちらは一定の成果が収められているとも言われています。
ところが、昨年12月14日の新聞に「マツタケ ゲノム解析、大津のバイオ会社、人工栽培への道」と書かれた記事が出ました。
この会社は、1970年にブナシメジの人工栽培に世界で初めて成功した会社で、キノコの様々な研究開発をしてきたのですが、2004年12月に、マツタケゲノムの塩基配列をホールショットガン方式で解読し、
マツタケの人工栽培につながる鍵となる遺伝子の発見をめざして研究に取り組んできたそうです。
新聞記事では
「マツタケの遺伝子は従来、四千五百個について塩基配列が知られていた。今回は新たに四千五百個の配列を解析することで、計九千個の配列が明らかになった。これでゲノム全体の大半の情報を取得したことになるという。」
それでも現実の人工マツタケがお店に並ぶには、すぐという訳にはいかないようです。
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●ヨーロッパのマツタケ |
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